活動日記
いよいよ明日から野洲をチェンジする戦いが始まります。公職選挙法の規制により、ホームページ選挙期間中はホームページを更新することができません。はじめてこのホームページに来ていただいた方は、私のマニフェストをダウンロードしてご覧いただければ幸いです。このマニフェストには、今の野洲の問題点と、この4年間で私が実現する政策をまとめました。市民の皆さまへの「約束」が詰まっていますので、ぜひご覧ください。
6月に市長に出馬の意向を伝えてから約100日、初めはどうしていいのかわからず、なかなかエンジンがかからない状況で、マニフェストだけ作っている状態でした。7月23日に正式に出馬表明してからは、同志の方々がたくさん集まっていただき、今日の日を迎えることができました。地縁、血縁だけでなく、私の掲げる政策に共感してこれだけ多くの方が集まってくださったことに、本当に勇気づけられました。
2ヶ月半の間、野洲市財政の厳しい状況、緊急課題が山積する野洲市の課題などを訴え続けてきましたが、最初は「野洲に500億円も借金はないやろ。一桁間違ってるんとちゃうか」と言われたこともありました。だんだん新聞各社にも野洲市の現状が掲載され、市民の皆さまからも「野洲市はこんな状況やったんや、われわれも政治に無関心ではあかんかったなぁ」とのお声もいただくようになり、大きな広がりを感じています。
「10月12日はチェンジの日。官から民へ野洲が変わります。」を目標に頑張ります。ぜひ、マニフェストを読んで投票へ行ってください!あなたと私の一票で、野洲を変えましょう!
市長選挙告示まで残すところ後1日となってしまいました。
私の家の周りは相手陣営の緑色の旗がひしめいて、さながら敵陣営の自治会に住んでいるかのようです。
現市長が無投票で5選目を目指しておられたのは知っていましたが、500億円の借金や不透明な政治姿勢をもう4年間続けられたら、野洲市が第2の夕張になってしまうと思い、あえて出馬を決意しました。それは、決して自治会を二分しようとかの考えでなく、子や孫に500億円もの借金を残してはならないとの信念からです。新聞報道によれば、私が市長に出馬を伝えたことで、市長は不出馬を決められたらしいのですが、それが自治会を二分する行動と責められるのは理解できません。
私の地元の自治会を二分するように、同じ町内とも言うべき隣自治会の候補者を、市長は後継指名しました。私は出馬表明後も、自分から自治会を二分することはあってはならないと個々の自治会員の方々に応援のお願いもせず、いつか分かっていただけるとの確信を持って告示の日を待っています。私の家の周りが相手陣営の旗だらけなのも、自分が反対派の方々ともめることで、自治会を二分したくないとの思いからです。ただ残念ながら、後継指名を受けたグループは、私から一切の反論が無いのを良いことに、執拗に家族のことなど全く市政を預かる能力とは無関係なネガティブキャンペーンを繰り返しています。政策論争ではなく、個人攻撃が行われているような状態を野洲市民の一人として情けなく思います。
財政を含む現市政の問題点は、当初は私しか訴えていませんでしたが、今では朝日・毎日・読売・京都の各新聞に野洲市の問題点が記事として掲載され、市長選挙の争点としてクローズアップされてきました。
この選挙は、「現市政を継承するか」「現市政からの改革か」の二者択一です。私以外の候補者は、町長を三期、市長を一期務められた現市長を怖れてか、現市政の継承をかかげておられます。私は、財政危機を救うには「官」から「民」へのチェンジが必要だと考え、立候補表明時から現市政の転換を訴えました。それには、市民の皆さまに、「地縁、血縁」でなくマニフェストの「政策」で判断していただかなければなりません。
市長が変われば野洲は変わります。マニフェストを読んで投票行ってください。野洲市長選挙を「お願いから約束へ」チェンジしましょう。
いよいよ選挙まで後3日。すべての準備は整いましたが、駐車場が足りません。周辺の企業の駐車場も日曜日ならある程度貸していただけそうですが、平日はなんともなりませんし、すべての違反をせずに市民が手作りで楽しく選挙を戦おうと一致団結して確認したメンバーばかりですから、路上駐車は出来ません。
真向かいの旧パチンコアポロが閉鎖され侵入できないようにバリケードで封鎖されているので、「選挙期間中お貸しいただけないですか?」とお願いしたところ、幸いにもOKのお返事。これでどんなに大勢の方がお車でお越しになっても駐車場の心配は一切無くなりました。この駐車場が満車になる心配は...(*_*) 頑張りましょう!!
9月29日の産経新聞に= 風車回らず風力発電機低調、早大に2億円賠償命令 =の記事が掲載されていました。
要旨は、茨城県つくば市が小中学校に設置した小型の風力発電機が計画通りに発電しなかったとして、同市が計画を策定した早稲田大と風車を製造した大阪市のメーカーに約3億円の損害賠償を求めた訴訟の判決が29日、東京地裁であり、裁判長は、早大に約2億円の支払いを命じた一方、市側についても「慎重な検討を迫られる材料がそろっていたにもかかわらず、早大側の調査結果をうのみにした」と落ち度を認め、賠償額を3割減額したものです。
同市は平成17年、早大の策定した計画をもとに、市内の小中学校19校に風車23基を設置しましたが、実際にはほとんどの風車が回らず、予定の4分の1ほどの発電量しか得られず、設置費用のうち約1億8500万円の環境省の交付金を同市は18年、全額返還を命じられています。また、風力発電の装置の撤去費用は全額市負担で3千万円が支出されています。つくば市は結局1億3千万円と訴訟費用を損したことになります。税金が無駄に消えていったのです。
この問題は、僕が近江鉄道の不動産部長の時に、デンマーク製の風力発電の導入を検討したことがあるので他人事とは思えません。
風力発電は、温室効果ガスの排出が少ないことと、将来にわたって発電用燃料の調達リスク(コスト)が無いことが最大の長所です。一方、主に出力電力の不安定・不確実性と、周辺の環境への悪影響の問題がありますし、特に設置場所の選定によっての風況が事業の採算性に大きく影響します。
近江鉄道では県内の風量をすべてチェックして、常時10m/s以上の風速が琵琶湖周辺では期待出来ないし、風速が期待出来る伊吹山や竜王ゴルフ周辺でも、環境やその他の問題があり採算性は薄いとの結論を出して導入を見送ったケースがあります。
つくば市でも風速が不足している訳ですから、採算性から絶対に事業化するべきでないとの意見があって当たり前でしょうが、多くのチェックをすり抜けて事業化されてしまったのでしょう。
同じ風力発電の導入でも「官」と「民」の差を痛感するニュースでした。
早いですね。7月に10月の市長選挙出馬の意思表示をしてからず~っと先の話と思って活動していましたが、後4日すると市長候補者として市内を支持を求めて走りまわってるんですからね。あれもこれも...と反省しきりです。
今回のマニフェストで「職員、泣かすなよ」って忠告をいただきました。私は4年5ヶ月議員をさせていただいて決して職員さんが遊んでるとか仕事が出来ないとか思ったことはありません。一人ひとりの職員さんは優秀で能力も気力もあって頼もしい限りです。財政再建の中で職員さんにとっては耳が痛い話もありますが、鶴の一声でなく職員さんの創意工夫で実のある風通しの良い市役所を作りたいと思っていますし、決して理不尽に職員さんを泣かそうとは考えていません。この真意を何とか分かっていただきたいものです。


20日の幹事会において藤村洋二の推薦を決定していただいたチェンジ野洲の主催で、本日19時30分からコミセンみかみで「藤村洋二を励ます集い」が行われました。
時折雨の降る悪天候でしたが、びっくり200人を超える支持者の方々がご参加していただき、準備した椅子200席が全て埋まってしまいました。会場外でお立ちいただく方もおり、申し訳ありませんでした。
来賓には、元野洲町農協組合長の山本儀助さん、近江八幡の冨士谷英正市長、布引焼窯元代表小島太郎さんなど多くの方々のご来臨をいただきました。
山本儀助さんからは「こんなに立派なマニフェストを作ってしまって、実現するのは大変だが洋二くんならきっとやり遂げてくれる」。冨士谷市長からは「30年以上の付き合いで、2年前の知事選でも私と一緒に陰で嘉田さんを応援してくれた。お役所の役人は言われたことしか出来ない。野洲市には民間出身の彼の経験と知恵が必要。ぜひ市長に押し上げて欲しい」。布引焼小島さんからは「10年間ずっと、市議に当選して偉い人になってからもボランティアをしていただいた。本当に義理堅く、そして信頼できる人」といった応援をいただきました。藤村洋二の政治に対する信念、人柄や隠れた一面をご披露いただき気恥ずかしいものもありましたが、これだけの方々に応援いただいていることに改めて身の引き締まる思いでした。
会場は今日も和気あいあいで始終笑いが絶えず、素晴らしい集いとなりました。会場の準備や駐車場の整備をしていただいたスタッフの皆さま、当日参加いただいた皆さまへ改めて感謝します。今日は本当に元気をいただきました。明日の駅立ちも頑張ります。
10時から新たに国道8号線野洲駅口信号交差点に面した旧コインランドリー跡で、市長選挙の選挙事務所をオープンしました。
もともと後援会組織だけに頼る選挙で、大きなバックも皆無の状態から出発した選挙活動ですが、何とか他陣営に遅れをとることなく選挙戦を戦えるまで、体制を整備して下さった支持者の方々に心からのお礼を申し上げます。みんなの合言葉は「楽しく」です。市民が集まって楽しく心を一つにする市民派の手作り選挙ですから、何をやっても楽しいことの連続です。一番みんなから怒られるのも藤村洋二が筆頭で、怒られながらもみんなで楽しんでいます。
そんな事務所ですが、今日は60名以上の方々のご出席をいただき、大きな前進を誓い合いました。藤村洋二は「大好きな野洲が大変な状況になっており、教育、福祉を最優先の政治を行い、お年寄りが集い、子どもの笑い声がこだまする野洲市にするために、
財政の改革、市役所の改革で野洲を変えましょう」と挨拶をさせていただきました。
一日遅れましたが、麻生総理が誕生しましたね。チェンジ野洲の木村盛昭代表は、25年前に九州で会社を興す時に麻生さんに自分の会社の社名の名づけ親になっていただいた縁もあり、我がことのように喜んでいます。総選挙次第で麻生政権がどうなるか正念場ですが、国民が納得できる政治を進めていただきたいものです。
一方、東近江市では来年2月の市長選挙に現職の中村功一市長は不出馬で、後継指名もせずに市長選挙は市民が良い人を選んでいただきたいと発言されていました。後継指名はある意味では市民不在の裏で次の市長を選ぶと言うことにもつながり、市民の政治参加を阻害することや、権力者のしがらみをすべて後継者が引き継ぐことともなり、思い切った政治改革は期待できません。このことからも東近江市の中村市長の決断にはエールを送りたい気持ちがいっぱいです。
明日は10時より国道8号線沿いの野洲駅口交差点の新事務所の事務所開き、明後日は19時30分よりコミセンみかみでチェンジ野洲が藤村洋二を推薦決定したことから、励ます集いを開催してくれます。今夜は支持者の幹部の方々が集まり、持ち方等の協議をしていただきました。他人のことなのに自分のこと以上に頑張っていただく支持者の皆さまに本当に感謝をしています。
3時からダンス教室してるから一度顔出してね、のお誘いで、15分前に会場に着きました。すると、近くの保育園児たちが体育祭もお遊戯の練習中。近くでじっくり見ていたらちょうど休憩になったので、上手やねぇ、って拍手したら、5~6人の子どもたちが一斉に走りよって、口々にお名前言ってくれて、抱きついたり、手をひっぱってくれたりで、どうしよう?って感じで少し慌てましたが、とても楽しいひと時でした。でも、先生はそんな子どもたちに「さぁ、この時はどのようにまわるのかな?」など一言で子どもたちをまとめて一斉に目を向けさせておられ、感心しました。
子どもたちが退散する3時になってもダンスの方々は現れていただけませんでした。夜の時間と間違えてたみたいです。でも、楽しいひと時でした。ありがとう。
いよいよ10月5日から野洲市長選挙が告示されます。わが陣営では野洲市小篠原の国道8号線の中川石油さんの前の旧コインランドリーをお借りし、選挙事務所とするよう支持者の方々みんなで掃除をして、事務備品を運び込みました。事務所開きは27日10時からです。一度お立ち寄りください。
夜は、野田の観音堂での観音講に参加しました。観音講は安土の浄厳院に伝わる「かちどき念仏」を皆で読経するもので、20軒ほどの浄土宗の檀家さんが2ヶ月に一度づつくらい集まっているそうです。小学校卒業まで安土の浄厳院さんで育った僕には、江州音頭や河内音頭の原型ともいわれる「かちどき念仏」は毎年10月の浄厳院まいりで催されるお参りの一つで違った形で野洲市にも残っていることに非常に興味がわき、参加させていただきましたが、とっても趣のあるものでした。

昨日(21日)は、公開討論会に出席。約2時間半、色んな野洲市の課題について討論を行いました。
野洲市には約500億円もの借金があって、その上、学校の耐震化やクリーンセンターの建替え、篠原駅舎の改修など多額の借金が必要でし。私は財政破綻しないためには早急な行財政改革が必要ですと訴えました。民間出身の経験を活かし、徹底してムダを無くし、4年間で100億円借金を減らすこともマニフェストに書きました。他候補のマニフェストも拝見しましたが、市民へツケを回すのではなく、市長退職金のカットや職員の期末手当のカットに言及しているのは私だけでした。
せっかくの討論会でしたが、立候補予定者のうち出席したのは私と山仲さんの二人だけ。後のお二人(荒川さんと舩橋さん)は都合がつかないからご欠席とのこと。1ヶ月以上前の8月13日に公開討論会のご案内を主催者からいただいてることから、止むにやまれぬご都合はなかなか想像できません。会場からは「二名が欠席したことを新聞折込で市民に知らせるべきだ」という意見も聞かれ、お二人への失望の声も聞こえていました。
とは言え、地縁血縁ではなく政策で候補者を選ぼうという公開討論会が、この野洲市で開かれたことを嬉しく思います。主催者の給与所得者の会の皆さまのご尽力と、当日会場に参加してくださった市民の皆さまに改めて感謝いたします。
今日(22日)は、朝から野洲駅の北口に立ってご挨拶をしました。秋の交通安全運動とも重なって駅前はビラやティッシュの混雑。駅利用の方々にご迷惑にならないよう、通行の妨げにならないように気をつけました。それにしても、気になることは、高校生の朝の元気の無さです。早寝、早起き、朝ごはんが必要なんでしょうね。
明日(21日)は給与所得者の会に主催いただくマニフェストによる公開討論会(13時、さざなみホール)です。今回の選挙は野洲市の選挙で初めて「地縁、血縁」の選択から「政策」による選択をする歴史的な選挙となります。特に争点になるのは、財政であり、山﨑市政の継承か、変革か、も争点になるでしょう。
朝からは三上小学校の運動会で、子どもたちが元気に飛び跳ね、走り回る姿にほほを緩ましていましたが、夜は、公開討論会の準備で過ごしました。
マニフェストは市民の方々と議論をしながら作り上げたものですが、今後も市民の方々からご意見をいただき、進化させていきたいと考えています。
明日の会場でも配布させていただきますが、お要りの方は、お手数ですが事務所までお越し下さい。
明日の公開討論会でお話しします「立候補の動機」もアップしておきますので、お急ぎでなければご覧下さい。
<立候補の動機>
私は中学1年生から3~4年彦根に住んで離れていた時期もありましたが、足掛け45年ほど野洲市に住まいさせていただき、変化する野洲の様子を見てまいりました。野洲市に移ってすぐに三上山に登り、のどかな眺めの中で眼下に広がる菜の花畑の美しさを見て、広がる野洲平野の中の自然と人々の営みに心を打たれました。本当に野洲に住んで良かったと実感したものです。この大好きな野洲市が大きな借金で大変な状況です。何とかしなければと本当に思っています。
野洲市はかつて地方交付税をもらわなくても財政がいける不交付団体であり、そのため、野洲市の財政は磐石だ、心配ないと、多くの市民の皆さまは思っておられますし。ところが、野洲市には500億円の大きな借金があります。今までと同じように野洲市が運営されるのであれば、子や孫に豊かな未来を残すことが出来ませんと訴えてきましたが、最初多くの市民の皆さまから「おまえ、嘘言ってるやろ」と信じていただけない状況でした。しかし、今では、「何とかしないとなぁ」とおっしゃっていただく方々が日増しに目に見えるように増えています。
栗東市の財政危機の記事が5月13日大きく報じられました。09年度、10年度計37億円の財源が不足し地方自治体財政健全化法の「早期健全化団体」に転落することを避けるため、中学校給食廃止や下水道料金引き上げ、乳幼児医療費補助の打ち切りなど、市単独事業の縮小、施設売却など財政再構築に向け取り組む再建内容です。栗東市は湖南4市でも市税収入は最も良好な市で、一年前には新幹線新駅設置に向け100億円以上の投資をしようとしていただけに驚きです。
野洲市もぎりぎりのラインで、決して他人事ではありません。しかし、まだ間に合います。子や孫に付けを回さないためにも、早目の行財政の改革を進めなければなりません。野洲市は七〇年代以降に企業の主力工場が立地し、財政的に強い団体となりましたが、それもこの二十、三十年で培われたもので、長い間に積み上げられた強さとは違います。財政が急激に増大したのが、どこかにひずみを生んだ原因かもしれません。市の規模に見合う事業を行ってきたのか考えなおす時期にきているのです。
そこで、今、市政に求められているのは「責任ある市政」の確立です。「責任ある市政」とは市民の間にある「役所の常識は民間の非常識」の声を過去の笑い話にしてしまうことと思っています。それには民間の知恵を活かした新しい政治が必要です。
私は民間会社に31年余り勤務し、企業経営や販売も経験し、近江八幡の観光振興の地域経営にも携わってきました。社員とともに汗をかき、ともにセールスにも回りました。野洲市を変える、チェンジするには、汗をかいた民間人でなければ若者はもとより、中高年の方々の信頼にも応えることはできないと確信しています。
今回いくつかの課題をマニフェスト(公約集)として掲げました。人件費をカットしたり事業費を削るのは収支を合わせるためで、財政危機の根本的な解決にはならないと考えています。多くの市民の方々とともに議論の中で作成したマニフェストですが、マニフェストで示したことでも、市長が市民から支持を受けている政策と受けていない政策を敏感に感じ取った上で、市政に生かさないといけないとも考えています。多くの議論でさらにマニフェストを進化させていきたいと考えています。
今夜、まちを歩いていると、雨。そんなに強い雨ではなかったけど傘を差しながら夜回りをしました。
台風13号が来てるんですね(*_*) 長い間テレビも見てなかったんでびっくりです。この頃は異常気象のせいかゲリラ豪雨で、祇王井川も道路まで冠水したこともありましたが、今回は台風。近畿地方は明日の朝から明後日まで1時間50㎜の大雨とかで、心配です。
野洲市も野洲川、日野川は改修されてまず心配は少ないと思いますが、市内の中小河川の方は心配です。高木では光善寺川の堤防が心配ですし、岡崎市のように地域用水の管理が不十分で浸水したケースもあります。災害の前に、一日も早い防災に強い安心、安全の野洲のまちづくりを進めたいものです。
夕食
長い間、家で夕ご飯を食べていません。いつも時間が惜しいし、コンビニでお弁当かったりして済ませています。栄養が偏らないようサラダなんかを常に買ってるんですが体に良いのか?疑問です。
ところが、今夜は田中孝嗣議員のお宅にお邪魔して、奥さまの手料理をご馳走になりました。とてもおいしくて心も満腹です。ありがとうございました。
また、いつも用意してくれてるのに結局食べずに終わってる連れ合いさんの手料理にあやまっときます。ごめんなさい。
吉川から帰る途中、比良の山並みに沈む夕日に出会いました。「鮎家」の斎藤社長はこの夕日をお客さまに見ていただきたいと吉川に「鮎家」をオープンされたと聞いています。野洲の光るものの一つに是非入れておきたいものです。

昨日(9月14日)はコミセン中里、15日は大畑公民館で連夜のざぶとん集会を開催しました。中里ではご参加の市民の方から「公務員は去年と同じ仕事をしてなぜ給与が上がるの?去年と同じ仕事をして予算がつくの?」という民間人としての質問がありました。やはり仕事の仕方や職業に対する意識の改革が必要なのでしょうね。
今日は敬老の日。各地で長寿の集いが催され、会場でお祝いを述べようと、北村、大篠原、近江富士の各お祝い会場を訪れました。75歳以上の方々のお祝いの会ですが、ご参加の皆さまはお元気で、溌溂とされ、心から集いへ参加することを喜んでおられました。自分が75歳を迎えた時、同じように元気でいられるよう頑張ろうと元気をいただいた一日でした。

南桜農事集会所をお借りしてミニ集会(ざぶとん集会)を開催しました。
20名以上の方にご参加いただき、いろんなご意見や、まちへの質問など日頃の暮らしの問題などをざっくばらんに話し合いが出来ました。地域の方々の一番の問題は近江富士の皆さまと同様に「道路の渋滞解消」であり、地域からの若者離れなどの原因の一つと考えると、対策を無策で過ごした市の責任を痛感しました。
初めて南桜にお伺いしたような堅苦しさの感じられない楽しい時間となりました。
会場の手配など全面的にご協力いただいた地元の小島進議員に感謝!!
一日中、チェンジ野洲の街宣車に乗って、チェンジ野洲の主張「野洲を変えましょう。子や孫にツケを残さない」を野洲市内で訴えました。
街の辻々で街頭演説を何回も繰り返し続けたためか、声はガラガラになりかけています。選挙までに喉がつぶれてしまいそうです(-_-;)
今日は9月9日。陰暦では「重陽の節句」で、菊の節句です。
パソコンで"ちょうよう"と入力すると「徴用」とも変換されます。
「徴用」は、国家が強制的に国民を動員して、兵役以外の仕事につかせたもので、前の大戦の悲惨な過去が思い出されます。
「重陽の節句」の今日こそ、「これが日本だ!私の国だ!!」と誇れる平和な世界でありたいものです。


土曜日・日曜日とたくさんの方が、「後援会員獲得大作戦!」に協力してくださいました。天気の良い休日にも関わらず、お越しいただいた方々はテキパキと動いてくださり、また時々笑いもおこる楽しい雰囲気にも包まれました。
みなさまのお力添えに心から感謝致します。